保原バスセンター

保原バスセンターは、 昭和46年まで運行していた福島交通の軌道線の分岐駅「保原駅」であった。 現在の阿武隈急行保原駅からは、 遠く離れた伊達市保原町の中心市街地に位置する。 掛田駅は、 軌道線時代の駅舎がそのまま使われているが、 保原バスセンターは建物は建て替えられ、 名称もすぐに保原バスセンターに変更されている。

保原町を南北に走る幹線道路上のバス停は、 「保原バスセンター入口」に名称変更されてしまった。

保原バスセンター建屋内には、 保原バスセンター入口を通過する路線バスの時刻表も掲示されている。

軌道線時代には、 交換駅の構造だった。 バスセンターになった後も、 建屋のホーム上の部分を中心に 長らく交換駅のようにバスが発着していたが・・・。

かつて、 保原駅があったことを偲ばせる駅前食堂。現在は閉業した模様。

保原バスセンター内に掲示されている路線図と運賃表。 掛田駅と同様に一新されている。

このように、 保原バスセンターが島式ホームのようにバスが発着していたが・・・。

乗り場案内標も一新されていた。

掲示のように、 西方面へのバス乗り場が、 バスセンター側ではなく、 敷地を渡った南側に移設された。 バスの出入りが交差点近くなので、 支障があったのだろうか。

西方面となる掛田、 月の輪経由福島駅東口行きは、 保原バスセンター敷地内の南側からの発着となった。

保原バスセンター内の出札口。 土休日は休み。 NORUCAの取り扱いも行っている。

東方面バス乗り場。 やはり乗り場案内標は一新されている。 福島交通観光伊達営業所も同居していたが、 同営業所は閉鎖されてしまったようだ。

掛田駅と同様、 震災と二度の大地震で損傷したのか、 建屋には補修の跡があった。

保原バスセンター建屋前から発車する、 上ヶ戸・伊達経由福島駅東口行き。

移設された乗り場に到着した、 保原バスセンター始発の保原駅・月の輪経由福島駅東口行き。 この路線は、 保原町内を周回後、 福島方面へと向かう。


2011年5月の保原バスセンター。 休日で閑散としていたが、 阿武隈急行が瀬上⇔福島が運休していたため、 平日朝夕は混雑していたことだろう。

島式ホームのような保原バスセンター。 路線バスはバスセンターを挟み込むように発着していた。

保原バスセンターの向かい側にある”駅前食堂”。 軌道線保原駅時代から営業していたようだ。

掛田駅と同様の路線図兼運賃表。 保原バスセンターを発着する路線も徐々に少なくなっている。

西方面へ向かう保原バスセンターのバス乗り場。

保原バスセンターのバスポール。

保原バスセンター内の出札口。 土休日は休み。 阿武隈急行やJR線が軒並み不通のため、 保原・梁川⇔仙台の臨時高速バスが保原バスセンター始発で運行されていた。

東方面の行先案内標。 「上り方面」と定義されている。


2007年2月の保原バスセンター。 福島交通観光が同居している。

保原町を南北に通る幹線道路上のバス停「保原バスセンター」。 かつては、 全ての路線バスが保原バスセンター建屋前に乗り入れていたのだろうか。

島式ホームのような構造の保原バスセンター。 軌道線時代は交換駅で、 ここから掛田方面と梁川方面に分岐していた。

かつての「保原駅」を感じさせる駅前食堂。

保原バスセンター建屋内に掲示されていた路線図兼運賃表。 この頃から、 月の輪経由保原線の経路が変更になっている。 従前は伊達経由保原線と同様に、 猫川が終点であった。

西方面バス乗り場。 行先案内標には、 下り方面 上ヶ戸経由掛田行き (川俣)は掛田駅で乗り換え。

保原バスセンターの出札口は、 いつの時代も無味乾燥としているような。

東方面のバス乗り場。 行先案内標には 上り方面 伊達経由福島行き。 上ヶ戸経由福島行き。


2000年6月の保原バスセンター。 すでに増築されたのか、 保原バスセンタと文字キレしている。

保原町を南北に走る幹線道路上の保原バスセンター。 月の輪経由保原と月の輪経由梁川の系統は、 保原バスセンターの建屋前には乗り入れなかった。

保原バスセンターを東方向から見る。 かつては軌道が敷かれ、 奥の伊達方面(長岡分岐点)から この「保原駅」に進入し、 手前で梁川と掛田の各方面に電車が分岐していった。

かつて軌道線がここ「保原駅」を発着していたことを伝える駅前食堂。

路線図兼運賃表。 左手には大型の時刻表もある。 この頃は金原田経由掛田の路線もあった。 伊達交番の運賃が残されているのは、 保原晦日町=保原バスセンター=湯野駅の路線バスがあった名残。

下り方面の行先案内標。 文字がくっきりはっきり見えていた。

営業中の保原バスセンター出札口。